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新聞記者だった祖父と木田金次郎と有島武郎と私

天気が良かった昨日は、おばあちゃんの畑仕事をお手伝いに行ってきました。

土を触っていると、太陽の光も、大地の恵の雨も、風も、虫も。

全てが有難い気持ちで心が澄んでいきます。

うちは、豆まきと苗植えが少し遅かったので、

やっと、えんどう豆とトマトに添え木をしました。

(腕と背筋痛…。)

ふと、おばあちゃんの家にいつも飾ってある絵を思い出して、

よく見ると、消えかかった万年筆の文字と印刷された「木田金次郎」の名刺。

(そこには『ご栄転おめでろう!』と書かれてました。)

そして、モノクロ写真が絵と一緒に額縁に入っていました。

『そういえば…』新聞記者だった祖父が岩内支局長だった頃の話を思い出した。

早速、おばあちゃんに話を聞いてみると

祖父が31〜33歳の頃、よく家に遊びに来ていたのが

画家「木田金次郎」さんだったのだ。

おばあちゃんはその当時、

『このおとっつぁん、よく遊びに来るな〜。』と思っていたそうです。

祖父が、札幌に栄転した際にこの絵と、お酒を持って、遊びに来てくれたと言う。

金次郎さんとは、祖父が書いていた記事(コラム?)で知り合い、そのご縁だったそうだ。

木田金次郎さんと言えば、

有島武郎の「生まれ出づる悩み」のモデルになった人物である。

そして、先週、私は有島武郎氏、追悼式でのお仕事をいただいた。

!なんというご縁なのだろうか。

こうやって、人の縁は何か理由があって繋がっているのではないかと思った。

土と、太陽と、風と、雨。

本と、絵と、音楽と。

昔はこんな風に自由じゃない時代がきっとあった。

どこにでも行けて、

何にでもなれる時代に生まれた来た事が、奇跡みたいに思えた。

毎日を大切に生きようと、そんな風に思いました。

弊社は6月決算月。

来月から4期目を迎えます。

気を引き締めて、これからも精進いたします。

木田金次郎さんと私(実家にて)

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